2022-11-07
Special Contentsカルチャーモデル醸成へのプロセス #2前回、「より多くの人に読まれるべき価値のあるコンテンツが埋もれてしまっていて、そこにアクセスできない、ということが非常に問題だと思っている」と語っていた坂本社長。その課題を解決するために、現在、Knowledge Baseは「価値あるコンテンツをすべての人に届ける」というミッション案を検討しています。はたしてこれを、いかにして実現していくのでしょうか。
ミッションの遂行において、重要な役割を担うことになるのが、2022年9月にローンチしたヘッドレスCMS「Opera cms」です。ご存じのように、CMS(Contents Management System)とは、Webサイトの構築・管理・運用を行うための管理システムのこと。インフラ構築やプログラミング言語などWeb開発の専門的な知識を持たない人でも、簡単にホームページの作成や更新などができることから、現在、企業のホームページやオウンドメディア、個人ブログはもちろんのこと、メディア各社が提供するWebメディアなどでも広く活用されています。
そして従来型のCMSとは一線を画すのが、ヘッドレスCMS「OPERA cms」です。何がちがうのか、そして、それがミッション、さらにはビジョンの実現にどうつながるのか、坂本社長に聞きました。
聞き手=AKI(野口正明):とんがりチーム研究所主宰/創発デザイナー 田井中麻都佳:フリーランス編集者・ライター
「既存のCMSで有名なものに、WordPressがありますよね。専門的な知識を持たなくても比較的簡単にホームページが作成できる、とても便利なプラットフォームです。実際、いまや多くの企業が、WordPressなどのCMSをそれぞれカスタマイズして使っています。メディア各社も同様で、編集者がCMSの入稿システムを使って、見出しや文字の大きさや書体、写真、図版の配置や大きさなどを指定して、原稿を流し込んでいくわけですね。そうすることで、Webメディアのページに、指定した通りのレイアウト原稿が表示されるしくみになっています。
現状の問題は、この『コンテンツを入稿するためのシステム』と、“見え”の部分であるガワ、すなわち『コンテンツを表示するビュアー』が密結合になっていて、いわば一つの箱に入っていることにあります。つまり、インプット側のバックエンド(入稿システム)とアウトプット側のフロントエンド(ビュアー)が、基本的には分解不可能な構成で紐づいているということ。これこそが、一般的なCMSが絶対に逃れられない構造と言えます」と、坂本社長は説明する。
入稿システムとビュアーが1対1で結びついているということは、多くの場合、それぞれWebメディアごとにCMSを導入しなければならない、ということを意味している。したがって、複数のWebメディアを運用しているメディア会社の場合、媒体ごとに別個のCMSをメディアの数だけ用意しているケースもある。しかも、入稿システム側とメディアが密に結合しているがゆえに、画面上でのコンテンツの見え方は、CMSのつくりそのものに依存することになる。つまり、あらかじめ設計された共通のテンプレートに則ったレイアウトの記事しか掲載できないのだ。
「Webメディアを見ていて、どの記事も見た目がよく似ていると感じたことはありませんか? それは、Webメディアの画面の“見え”が、CMSの共通のテンプレートに依存するからなんですね。この記事だけちがったレイアウトにしようとか、ここにちょっと情報を追加しようなどと、後からサイトの表現にバリエーションを持たせることは基本的には大改修になってしまいます。もし、入稿する記事の要件そのものを変えたいとなったら、場合によっては、CMSのデータベースの設計からやり直す必要があり、とてもたいへんです。自由度を高めるということは、すなわち難易度も高くなる、ということとイコールなんですね」
Webメディアと入稿シスシステムの密結合という問題が、思わぬかたちで露呈したこともある。あるスクープ記事を出したWebメディアへのアクセスが集中してサーバの処理能力が逼迫した際に、同じ環境に存在する他社Webメディアの記事の更新に遅延が発生してしまったのだ。原因は、サーバやネットワークに急激に負荷がかかって、CMS全体の処理能力を超えたことによる。もし、Webメディア側と入稿システムが切り離されていて、各Webメディアが独立したシステムとして存在していれば、そうした事態は起こり得ない。
「そこで今回、Knowledge Baseが開発したのが、ヘッドレスCMS『OPERA cms』です。ヘッドというのは、コンテンツを表示するビュアーの部分、Webメディアの“見え”の部分のこと。つまりヘッドレスCMSというのは、純粋にコンテンツを管理するためだけのシステムになります」
ヘッドレスCMSを使えば、Webメディアの“見え”の自由度が格段に上がる。この記事だけ別のレイアウトにしようとか、後から情報を追加しようといったことにも対応できるようになる。また、従来のように、入稿システムが存在するサーバ側のフレームワークによって、ヘッド側を生成する構成ではないため、ヘッド側とヘッドレスCMS側の依存関係は生じない。このことで、プログラミング言語など相手の事情に配慮する必要がなくなり、開発や改修も自在にできるようになる。しかし、先述したように、自由度が上がるということは、同時に、システム開発の難易度も上がることを意味している。
「ヘッドレスCMSには、Webページを表示するためのビュアーがないわけですからビュアーをCMSの外で自作する必要があります。具体的には、ヘッドレスCMSが提供しているAPI(Application Programming Interface)を用いて、CMSの外で作成したビュアーでコンテンツ情報を取得し、設定した場所に表示させなければなりません。当然、自らプログラミングができるようなITエンジニアでなければビュアーの開発は難しい。メディア会社側にしてみれば、たとえば、この記事はどういう承認プロセスを経て公開するのかといった、ページの承認フローや公開の要件を、業務システム的にCMSで細かく定義できるようになるのですが、それを表示するためのビュアーの開発は仕様が複雑になるため、混乱が起こりかねません。このように、ヘッド側に求められるスキルも格段に高くなることから、ITエンジニアの確保が難しい多くの企業では、ヘッドレスCMSの導入、さらにはそれに伴うヘッド部分の開発というのは、そう簡単ではないのです」
コンテンツを表示するビュアーの“見え”を自在にデザインできるのは、大きな特長だということは理解できる。とはいえ、ITエンジニアの確保を含め、システムを構築・運用することの難しさを押してまで、なぜ、Knowledge BaseはヘッドレスCMSを世に送り出すのだろうか。
「それは、ヘッドを持たないCMSを提供することで、Webメディアのコンテンツの流通を飛躍的に促したいと考えているからなのです。たとえば、Cat出版という会社が、自ら運用するWebメディアに出した記事の場合、現状はCat出版のWebメディアでしか読むことができません。しかも、有料会員以外は、せいぜい目次や見出し、記事の一部にしかアクセスできませんよね。これを切り離して別のメディアに掲載しようとすれば、基本的にはそれを運用するCMSに原稿を入れ直す必要があります。ところが、ヘッドレスCMSを使えば、Cat出版の入稿システムからそのまま、他のWebメディアであろうと、他社が運用するWebメディアであろうと、APIコール(AIPリクエスト)さえできれば、表示、閲覧、配信に対する課金が可能になります。しかも、それぞれのWebメディアの“見え”に合わせたかたちで表示することができる。つまり、ヘッドレスCMSは、コンテンツ単体での流通を容易にする、画期的なしくみを提供するものなのです」
図で示したように、たとえば、Cat新聞の有料会員である読者Aさんは、従来通り、Cat出版が運営するWebメディア1の記事を読むことができる。一方、Dog新聞を購読している読者Bさんは、Dog新聞のWebメディア2に掲載されたCat出版の記事はもちろんのこと、同じ新聞社が運用するWebメディア3に掲載された同じ記事にもアクセスできるようになる。さらに、読者Cさんは、Dog新聞のゲスト会員で、通常はWebメディア3の記事は途中までしか読むことはできないが、どうしても先が読みたいと思えば、たとえば100円(あるいはポイントなど)を払ってその記事を買って読むことができる。さらに、Owl出版のゲスト会員でもある読者Cさんは、Owl出版のWebメディア4の記事を月に10本まで無料で購読できるため、Webメディア4に提供されたCat出版の記事も読むことができる、といった具合だ。
つまり、これまでCat出版は自社のメディアでしか掲載できなかった記事を、複数のメディアに配信できるようになる。そうやってアクセス数を稼ぐことができるようになれば、必然的にサイト全体の閲覧数を飛躍的に伸ばすことにつながるだろう。もちろん、記事を相互に乗り入れる場合のSEO対策は万全を期す必要があることは言うまでもない。
「これを実現するのは容易ではありません。誰にどれだけの記事を読ませてもいいのかといった認証・認可やクレジット決済情報など、細かく確認するAPIも必要になるので、先述の通り、システム全体をコーディネイトするITエンジニアの存在が不可欠です。現状の日本では、自社にエンジニアを抱えているほんの一部の大手メディアでようやく、こうした取り組みが始まりつつありますが、それでもメディア各社の枠を超えた有料記事の流通というのはほとんど見られません。もっとも、アメリカでは事情はちがっていて、すでにワシントンポストやニューヨークタイムズなどでは、先進的なITシステムを使って戦略的にコンテンツを流通させている。たとえば、新聞の定期購読者には別媒体の記事を時間限定で公開する、長期間の購読割引、記事のレコメンドをするなど、その人のステータスに応じて、きめ細かいサービスを提供しているのです」
コンテンツを閲覧するユーザーからすれば、メリットづくしに思えるヘッドレスCMSだが、既存のサービスに類似のものはないのだろうか。たとえば、大手キュレーション・サイトなどは複数メディアのニュースを共有するまとめサイトの役割を担っていて、ある種、コンテンツの流通を促しているとも言えるが……。
「キュレーション・サイトの場合は、検索エンジンのクロールロボットに取得されることを認めている記事のみを取得するので、結局、有料記事まではアクセスできませんよね。むしろ、既存のアプリで言えば、複数の口座やカード会社の情報を連携することで家計や資産管理などに役立つクラウド会計サービスなどのプラットフォームの思想に近いかもしれませんね。そういう意味では金融系はデータ連携の規格がしっかりしていて、各社の連携が進んでいますが、メディアの連携は非常に遅れていると言わざるを得ません」
たとえば、ヘッドレスCMSは、雑誌のアーカイブに死蔵しているような過去の有用なコンテンツの再生にも役立つはずだ。あるいは、大手メディアの寡占化により高い掲載料や閲覧料が問題となっている学術論文の流通にも応用できるだろう。さらには、商用出版に限らず、複数のグループ会社を持つような大企業で、それぞれのセクションごとのホームページに掲出しているコンテンツの閲覧性を高めるシステムにもなり得る。可能性は無限に広がっている。
すなわち、ヘッドレスCMSとは、上質なコンテンツを、それを必要とするあらゆる人に届けるためのプラットフォームの役割を担うことになる。これまで、その存在すら知られることもなくひっそりと眠っていたコンテンツも、閲覧数の多いメディアに掲載されれば、検索エンジンにクロールされる可能性が高くなり、それだけ多くの人の目に触れるようになるだろう。その結果として、「価値あるコンテンツをすべての人に届ける」ことが可能になる。まさに、これこそがKnowledge Baseのミッションに通じる、というわけだ。
「その先にあるのが、今回のカルチャーモデル醸成プロジェクトで私が掲げた『ITで知の力を解き放ち、豊かな社会を創る』というビジョン案が示す世界観なんですね。以前は、本を選ぶとき、大きな書店の書棚を眺めて、手に取った本を1、2ページ読んでみて面白そうかどうか判断して買っていましたよね。そういう知への探究の緒を可能にする世界をインターネット上につくりたい。それは、言うなればシステムだけで完結していて利便性を追い求める世界とは真逆の世界であり、本来、人類が持つ知の力で生み出した書物や新聞、雑誌、そしてインターネットを通じてめざしてきた『知の共有』という営みを深化させるものと言えます」
いま、インターネットはSNS化により、内容の薄い情報に溢れている。さらに、フィルターバブルが問題だと言われるように、自分の興味のあることしか目に触れず、同じ思想や趣味嗜好を持つ人とばかりつるむ蛸壺化も危惧されている。そうした現状の世界を変え、皆が蛸壺から抜け出して、人間が本来持つ人と人との関係を再構築するきっかけをつくりたい、というのが坂本社長の願いだ。
「これだけ機械学習によるAIが進展しつつある社会で、人類に残された最後の砦は、深く考えるところしかないのではないでしょうか。知を次世代に継承し、豊かな社会をつくっていくために、われわれはITが目的なのではなく、ITを駆使する集団として、そのプラットフォームづくりに注力していきたいと思っているのです」
(取材・文=田井中麻都佳)